豚バラのアグレッシブな日常

思ったこと共有したいことの自己満ブログでございます

拝啓 全俺に継ぐ 2

 小学校を卒業した俺は、くじ引きで家の近くにある中学に進学することになった。

中学は兄と一緒でサッカー部に入った。そこでは新入部員は半月ほど、近くの川の周りを10キロを部活がある日は走るというのがしきたりで存在していた。先生に見えないところで楽しようと歩いてたら、ある日見つかって説教された。先輩達は兄について知っていたので、兄はサッカーが上手く、俺はそうでもなかったので良く比べられていた。

 そして、中学では同じ小学校から3人しか進んでいなくて、友達作りも0からのスタートだったが、最初の席の近くの2人が話しかけてくれて上手くなじめた。その友人達とは今も繋がりがあって本当に面白い人たちと初っぱなから出会えて良かった。

 その時はちょうどモンスターハンター3rdが人気でずっとその仲良くなった2人と遊んでいた。アルバトロスを最速で刈る方法をずっと試してた笑

 中学からは英語が始まり、これがめちゃくちゃ苦手だった。合間にある小テストの時には、他のクラスとの時差を利用して答えを集め、それを暗記して解いていた。

 しかし、中間テストの場合はそういうわけにはいかない。毎度終わった後にはGReeeeNの旅人って言う歌の中にある、「やるだけやったら後は風任せ~」と歌っていたが、やることやってなかったので結果はさんざんであった。

 部活のサッカーに関してはとても楽しかった。仲間に恵まれて、毎週練習試合があったが全然疲れなどたまらなかった。その中で新人戦という大会があり、予選はメンバーには言って良い田が本戦に入るときに後輩にユニフォームを取られた。思えばこれが最初の挫折だったかも知れない。

 そこから努力するも試合中に転んで腕を骨折。災難である。その時は割と重傷で手術することになった。その手術をするときにクラスの人たちからいとことコメントをもらった。おそらく担任から言われたから仕方泣くだろうけど、当時の俺にとって凄くありがたく、今も大事に保管している。

 手術は無事に成功に終わったが、それと同時にリハビリ生活のスタートである。部活ではでれないので隅でずっと体幹レーニングをしていた。ギブスが取れたときはまだ接触が危なかったので陸上部の人と一緒に走っていた。これらの経験が復帰したときにフィジカルの強さに大いに役立った。良く耐えて頑張ったと褒めたい!

 時は過ぎ、最後の大会選手権が開幕した。俺はベンチウォーマーとして活躍した(1試合出たが、出た直後試合が終わった笑)。県大会の良いところで負けて部活は引退した。

 そこからは皆受験勉強に集中していたが、俺はどうも力が入らなく、とある工業系の高校を見学したときに凄く面白そうだったので、担任の先生に相談したところ、俺の頭でもいけると言うことで推薦で行った。実際に試験を受けたときに小論文を書いたのだが、タイトルが訳分からず半分しかかけず終わったと思っていたが、さすがは推薦受かっていた。驚いた。その航行は俺の中学から遠かったので地元の友達らはしばらくのお別れとなった。

 以上が、中学の頃の話である。中学の頃に流行ったものと言えば、トリコ、GReeeen、ニコサウンド宇宙兄弟、バグマン、ipod touchかな~

これを打っているときに色々思い出して懐かしい気持ちになりました笑